生うふ帳

調子にのっていた。

夫の機嫌が悪いから、わざと怒るように仕向けて、

気が済んだところで話しかけてみたのだ。

無口で無口で無口な男が愚痴をこぼしたものだから、

わたしは嬉しくなって一緒にお酒をのんで「あげた」りした。

無口な無口な無口な男が自慢話なんて始めたから、

わたしはすっかり満足してしまった。

夜、子どもが寝てから

些細な些細なことで夫を怒らせた。

「ふつう」のひとなら怒らない、ちいさなことだけれど、

調子に、のってた、んだ。

夫が家にいるとき、夜の散歩にだしてもらう。

仕事と病院以外、唯一のひとりの時間。

秋の夜のなかをあるいていく、

もう金木犀もにおわない。そのかわり、銀杏のつぶれたにおいがする。

くちづけするカップルの横をとおりすぎる。歩道のまんなかで抱擁している。

ふたりのにおいがする。

わたしはひとりで、かんがえながら歩く。

書店にはいる。でも、もうすぐ閉店みたいだ、

選ぶひまもなく岩波文庫読書のすすめ、だけ頂いて出る。

ドーナツショップに入る。

舌がざらざらするコーヒーをひとくち啜って、

薄荷煙草をとりだす。

でも火がない。

昔のことを思い出す。

いつも、ひとくち吸わせて、と言ってはおこられる。

かっこよく吸えないくせに吸うな。

いいから、今度はだいじょぶだから。ちょっとだけ。

そしてかならずむせる。

肺にいれないなんて、吸ってるって言わないんだよ。バカか。

コーヒーは暖かい。

目の前の椅子に、相手が座っていると思う。

唇がゆるむ。

そわそわしてきて店を出る。

コンビニにはいる。

ライターを買う、１０５えん。

かっこわるく薄荷煙草に火をつける。

かっこわるく吸う、吐く。

ずいぶんまえのだから、からいなあ。

とぼとぼ歩く。

飲み屋からでてきた男がわたしを見ている。

・・・、あ、髭。

「月読くんのおかーさん、どうしたの？こんな時間に」

「あ、だんながね、カレーパン食べたいって」

袋をあげて見せる。

「わざわざ買いにきたの？やっさしー」

「ううん、たまにはひとりになりたいし」

「そうねー、大事だよね、ひとり」

「んー。あの、こないだはありがとうございました」

「ああ、いいよー、俺も助かったし。

　天照ちゃんが髭こするから、ちょっと痛かったけど（笑）」

「ごめんなさい、珍しいんだと思う」

「いいのいいの。いくらでも触って」

「・・・、それ、武器ですよね」

「そ。みなさんにご好評いただいてます」

「いろいろと」

「いろいろと。もう帰る？ちょっと飲まない？」

「・・・うん、行きたいけど、あの子たち起きたら困るし」

「そうだよね。じゃあ、こんど、ひるめし食べにいこう」

「天照、うるさいよ」

「・・・・ああ、そうか、天照ちゃん、まだか」

「ん。来年からなの。また皆であそんでください」

「おう。じゃあ、またエミんちで飲もう、迎えにいくから」

「はい。お願いします。じゃ」

アキノキリンソウが揺れている。急いで家にかえり、手も洗わず夫にところへいく。

「カレーパン、食べる」

「米くいたい」

「・・・、せっかく、買ってきたのにい。いらない？」

「いーよいーよくうよ」

「じゃ、わたしお風呂はいってくる」

洗面所で鏡をみる。

ものすごくいやらしい顔をしているので驚いてしまう。

なんだ、この顔。

風呂場で石鹸をあわだてる。

膝に泡をつけてくるくると洗う。

雑巾がけが好きなので、膝が黒いのだ。

くるくる、くるくる。

わたし、あんな顔で髭と話しちゃったんだなあ。

だから誘われたんだ。

それあ、発情してると思うよね。

くるぶしも黒い。くるくるする。

風呂から出るとメールが来ている。

髭のしゃしん。

「ママも触ってねー☆」

触りたいよ。触りたいですけどね。

すいもん、しめなおさなくっちゃ。